男の要諦は「想像力」

すなわち「思い遣り」に尽きる

   講演「できるトップはここが違う」抄

 ラジオ番組制作の過程で多くの企業人と接するうちに、一定の法則を見出すに至った。

 共通点として、挨拶は丁寧に、他者の美点は素早く誉め、相手の欲するところを察知し、読書・観劇・旅・習い事など一見無駄とみえる教養の術(わざ)で己を磨く男は、群れの中から頭角を現す率が高い。
 総じてイイ人と評される男は心に響かず、ヘンな人と危ぶまれるくらいが記憶に残る。

 苦境体験があり自分への支持が薄いと自覚している者は、それを拡大するセンスが生まれるのだ。
 順風満帆では何も生まれぬ。
 仕事とは連続するトラブルを処理する作業であるからして、他人と比較せず自分の歩幅を大切にし、自分を認め自分をホメてやるのが幸福をつかむ秘訣だとも知った。

 「私が待ち望んでいたのは知的で成熟し、誠実で楽しい男性だった」と語るのはカルロス・ゴーン氏の妻、リタ・ゴーンであるが、まさしくこの四条件は女たちが求める心底からの声だろう。リタの説得力は秀逸だ。「私の基本的な考えは“待っていては何も始まらない”ということ。いいタイミングや条件が揃うのを待っていては、絶対にそこにはたどりつけません。だからGOという直感が来たら前に進む。間違ったらそこでまた学ぶ。好きなゲームのブリッジに似ています。これは即決が要求されるゲームで“どちらでもいい”というグレーゾーンはない。つまり“やる”か“やらない”か ゲームを通じて決断力を養ってきたことと、レバノンの内戦中に少女時代を送ったのが影響している。明日は死ぬかもしれない日々の中でチャンスは二度とないとも学んできた」。

 私がリタに共鳴した要因は別にもある。男に美貌を求めないということだ。私はもともと美貌たる男はどこか胡散臭いと決めてかかっているフシがある。

 四十年以上前に死んだ父の教えのせいだ。「エッチャン、いいね、顔の良か男とはつきおうたらイカンよ。キレイな男にろくな男はおらん。小さい頃から顔でチヤホヤされとるけん自分を鍛えとらん。中味はカラッポたい」心根が未熟で経験の乏しい小娘はどうしても顔の美醜に目がいくものだからこのアドバイスは腑に落ちなかったが、だんだん場数を踏んでいくうちに父の真理の深遠さに気付くことになる。

 企業のトップになり精力的に事業展開している男、役者として賞賛すべき演技者、歌唱力に衰えのみえぬ歌手、心技体を備えたスポーツ選手や小説家など思い起こせば歴然で、とにかく美貌には程遠い。 生まれついたまんまの顔や身体に頼らず仕事をしてきたことがありありと伝わってくるではないか。美貌に惑わされるなと着目させてくれた父に感謝を捧げるばかりである。第一、圧倒的に間口が広いのだから、これ以上女の幸せはありますまい。

 かといって私は、容貌には関心がある。  自分の顔に責任を持つのは有名無名を問わず、ある年齢になれば誰にでも求められるのだから私が関心を持つのは当然だ。一般にいう美男ではなくてもいいから、眺めわたしたときに器量や品格、風情や個性が伝わって欲しいのだ。生きてきた証が、精神の骨格が刻まれて自然に表出する人間味。

 軍の指揮官にとって最も重要な資質は何かといえば「想像力」であるそうだ。
 誰の眼にも動かしがたい劣勢と映る戦況を、微妙な細部を変えるだけで逆転させ、有利に導くのが最上の指揮官なら、そのほんの小事に気づき活用できるのは想像力しかない…とすれば戦場を日々に置き換えても通用するはずで、私の見たところ人間味のある男とは、すなわち想像力の働く男なのだ。思い遣り、といってもいい。
 この女は暑いのか寒いのか、温かいものが欲しいのか冷たいのか、帰りたいのか停まりたいのか、あらゆる場合に的確な判断を下す力が想像力の所産なのだ。神は細部に宿る。


 私たち女は男を尊敬したくてウズウズしている。けして特別の才能や権力や野心や資産を欲してはおらず、ましてや美しく整った顔なぞはじめから問題外なのである。

ほんの少し“心配り”を忘れたもうな。

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